2008年10月
幼い頃の思い出
わたしは高校生になるまで母方の実家で育ち生活しました。九州に有田という焼き物の産地があります。むかし豊臣秀吉が朝鮮征伐と称して諸大名を朝鮮 に送り当地から引き揚げるとき諸藩の殿様は高麗の陶工を捕虜にして自分たちの藩に住まわせて陶磁器をつくらせ朝廷や幕府に献上したと伝えられています。有 田は磁器に適する陶石を朝鮮の陶工 李三平というひとが発見しそこで陶磁器の歴史が始まったといわれています。
当時諸藩は競いあって焼き物をつくりその製造法は秘密裏でした。他藩に技術が知られることを恐れたのです。陶磁器の製造工程はいくつかにおよびま す。たとえば、石や粘土を砕いたり練和したり、ろくろで形をつくったり、素焼や絵の具で絵をつけたり、そして温度を管理しながら本焼きして仕上ます。しか し職人たちは各々工程ごとに分断され働く場所や生活する所まで交流しずらいところに住まわされたのです。分業により製造法を盗まれまねられたりたりするこ とを防いだのでした。
江戸時代に入有田の磁器は隣のまち伊万里の港から東インド会社を通じて遠くヨーロッパにまで渡り重宝されました。そのころのものは古伊万里といわれ現代ではたいへんなお宝でしょう。
インプラントの最近の症例
前歯2本がなくて今まで入れ歯をされていた65歳の女性の患者さんです。歯科恐怖症で歯を治療したり削ったりするのが怖いとおっしゃっていました。 しかし年齢的にも老け込む年齢ではなく義歯ではなくインプラントを希望されました。欠損部の顎堤は吸収もさほどではなCT撮影と生体造形モデルを使って埋 入シュミレーションを行い、歯科恐怖症なため通常は一度に埋入するするところ1週間毎2回におよんで手術を笑気麻酔下で行いました。1度目は骨の状態を確 認するためほんの少し粘膜切開を加えましたが2回目はそのままインプラント穴を形成して埋入するだけでしたので非常に短時間ですみました。そのまま即時に 仮の歯を固定することができます。使用したインプラントはスプラインHA,3.2~18mm 2本です。今後は新生骨の増殖を促すため超音波骨折治療器(BRソニック)を使用し治癒をはやめ約4週にて最終補綴物を装着する予定です。患者さんは最初 は緊張されていましたが2度目の手術のあくる日これでこれからの歯科治療を受けるのに自信がつきましたとおっしゃてくれました。私たちも最大限余分な侵襲 をかけず体にやさしい治療を心がけたことが一番だっつとおもいますし他の患者さんにもそうしたいとおもいます。
つぎのページに画像があります。
はじめまして
このホームページは2008年10月より新規に立ち上げましたので今日はじめてブログを書くことになります。わたくしは院長の迎 耕司ともうします。どうぞよろしく。
私は来月11月24日に日本で最も西方に位置する長崎県平戸市で小中学校を兼ねた同窓会が還暦を記念して行われ出席します。 そうです、わたしは堺屋太一さんがいういわゆる団塊の世代の真っただ中昭和23年11月17日生まれ来月で満60歳を迎えます。
予てより自分が歩んできた足跡をそろそろ振り返り何かの形に残しておきたいという想いがありました。 偶然にも今回新らしいホームページを立ち上げることになりブログの欄を新設しました。
日本経済新聞の一番最後の面に「私の履歴書」という欄がありますがここは当代各方面から大変業績のあった人や功績のあった方々が登場してひと月間執 筆します。もちろん私などには縁のない雲の上のひとのお話ですが時々読んでいます。昔むかし若い頃夢のまたゆめの中で自分もそこにいたような気もします。
人生60年還暦を迎えるにあたりこれを一里塚のひとつと捉えこれまでのことをふりかえり、また未来を展望するためこのブログを活用したいとおもいます。さてこのブログですが下記のようなカテゴリーをもうけます。
1.お知らせ 2.私の履歴書 3.趣味の読書 4.ホビー三昧 5.ドクター人形コレクション
6.これからの歯科医療
私自身のいままでのこと、現在やっていること、そしてこれから考えていることなどブログ通して発信します。また皆様のお役に立つ歯科医療情報にも力を入れたいとおもいますのでよろしくお願いいたします。
次回は自己紹介からはじめます。


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